選挙陣営という組織に厳しい視線が向けられる時代に

選挙コラム

 日本政治の多党化に象徴されるように、個人の価値観が多様化し、それぞれが尊重される時代です。その一方で、企業や団体といった組織に対しても、SNSなどを通じてこれまで以上に厳しい視線が向けられるようになりました。

 この稿を執筆している2026年3月時点で、その象徴的な例と言えるのが小学館でしょう。性加害問題を引き起こした漫画家に別名義で連載を持たせていたことが、被害者の感情を軽視する行為ではないかと非難されています。2年前にドラマ化された漫画の原作者が自ら命を絶った事件でも対応が疑問視されており、問題が起きたときに説明責任を果たさない企業体質ではないか、と指摘する向きもあります。

 数年前のフジテレビの性加害問題でも、その企業風土が厳しく問われました。当時、テレビ番組であるコメンテーターの”先生”が「企業風土という目に見えないものに、批判の矛先を向けてはいけない」という噴飯ものの発言をしていましたが、むしろその「目に見えないもの」こそが重要です。組織の価値観や判断の積み重ねは、良くも悪くも、その将来や方向性を大きく左右するからです。

 翻って、選挙の現場でも同じことが言えます。スタッフの1人がクレームにつながる行為をすれば、有権者からの厳しい目は陣営全体に向けられます。

 かつて取材したある選挙事務所では、一部のスタッフが違法駐車を行ったために、「あの候補や陣営は常識がなっていない」と地域住民から後ろ指を指されるような事態が起きていました。

 他にも、路上駐車、騒音問題、ごみの出し方など、日常的な行動一つを取っても、細やかに配慮しなくてはなりません。

 さらに、候補者本人はもちろん、事務長や選対本部長など、陣営を指揮する立場の一挙手一投足が、組織風土に大きな影響を与えるということも忘れてはいけません。スタッフを厳しく締め付けすぎれば風通しの悪い組織になり、逆に放任しすぎるとガバナンスが機能しなくなってしまいます。

 選挙とは「候補者」という名のもとの個人戦である一方、組織戦の最たるものであります。いまいちど「陣営」という組織のあり方について、見直す機会がきているのかもしれません。

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